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企業で働く弁護士の研究ノート

法務部員が効率的に会計スキルを勉強する方法

 法務部員や弁護士でも会計スキルの必要性を感じている人は多いのではないか。しかし、現実問題として会計の勉強にそこまで多くの時間は使えない。だから問題は「どうやって効率的に、必要なスキルのみを、身につけるか」である。

 私は海外子会社で与信管理や内部監査などの部門も担当しており、実務でも日常的に会計スキルを使っている。ちょうど、法務部のスタッフから「どうやって会計の勉強をしたら良いか」という相談を受けたので、法務パーソンが最短で会計スキルを身につける方法をまとめてみたい。

なぜ会計スキルが必要なのか

 そもそも、弁護士や法務部員になぜ会計スキルが必要なのだろうか。

1 利益/損失インパクトを語るため

 企業の経営陣の評価/報酬は「業績連動」であることが多い。会社の役員たちは、担当部門の最終利益(損失)に強い関心をもっている。

 だから、経営陣と話す際には、単に法的な側面だけでなく、担当している取引・訴訟の利益インパクト(損失インパクト)を説明できることが望ましい。

 たとえば、自社が100億円を請求する裁判を担当することになったとしよう。その訴訟は会計上どのような影響を及ぼすか。

 もし自社が100億円の請求権を資産計上していれば、勝訴・回収しても利益インパクトはない。一方、回収に失敗すれば損失が計上される。

 逆に自社がこの100億円を資産計上していなければ、勝訴して回収すれば利益が計上される。一方、負けても損失はでない。

 「訴訟に勝って回収する」という事象は同じでも、経営陣にとっての意味合いは異なる。

 法務パーソンはいずれにしろ100%回収を目指すだろう。しかし、50%での和解が成立しそうなので経営陣を説得したい、という場面では、やや複雑になる。和解によって50%分の利益が出るのか損失がでるのかによって経営陣への話し方が変わってくる。

2 経営の「共通言語」だから

 これは法務部員に限らないが、ビジネスパーソンは職位が上がっていくにつれ会計知識が必要となる。たとえば経営会議で「在庫が過剰に積みあがっている」という課題を聞いたときに「在庫の増加(B/S)」→「キャッシュフロー・マイナス(C/S)」→「短期借入金が増加」→「金利コスト増加(P/L)、ROA悪化(B/S)」といったことは頭に出てきて欲しい。そうでなければ経営会議で議論についていけない。

どう学ぶか

1 日商簿記 

 会計を学ぶには、まずは、複式簿記のルールを覚える必要がある。複式簿記のルールとは、たとえば商品を掛け(納品後30日払いなど)で売ったらどういう仕訳になるのか、といったことだ(Dr. 売掛金, Cr. 売上)。こういった基本ルールはある程度暗記するしかない。

 おそらく最も手っ取り早いのは日商簿記の資格をとることだ。私は2級までとったけど、3級でも十分な気がする。今はメルカリ等で買うしかないようだけど、プロアクティブ社の「英文会計入門」講座もおすすめである。英語アレルギーでなければ会計は英語で学んだ方がわかりやすい。

 経理の仕事をするわけではないから細かい仕訳を覚える必要はなく、基本ルールがわかれば十分だ。

2 財務3表一体理解法

 しかし、簿記の勉強をしただけでは実務で役にたっている実感がない。

 というのも、簿記の勉強だけでは、具体的な取引/事象が貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、キャッシュフロー計算書(C/S)にどのような影響を与えるのかがイメージできるようにならないのだ。別途、財務3表の「つながり」を学ぶ必要がある。

 たとえば、貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)のつながりを図示すると、以下のようになる。

 この図は厳密にいうと正確でないところもあるが、自分でこういった図が描けるくらい頭のなかで「つながり」のイメージがあることが大事だ。

 財務3表の「つながり」を身につけるために最適な本が「財務3表一体理解法(朝日新書・國貞克則著)」だ。

 財務3表の「つながり」が頭のなかで整理できたら、仕事で出会う一つ一つの取引・現象によって自社の貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、キャッシュフロー計算書(C/S)がどのように変化していくのかを具体的に考えてみよう。最初は難しく感じるかもしれないが次第に慣れてくる。経理部の同僚に質問するのもおすすめだ。

 私はこの本を繰り返し学習したことで、日々の仕事で触れる取引・現象が自社のB/S、P/L、C/Sにどのような影響を与えるのかどうか、具体的にイメージできるようになった。

 この本に出合うまで企業の財務分析の本に何度か取り組んだが、ことごとく挫折した。なぜ挫折したのか、原因は本書にも指摘されている。

「人間は、ものごとの最終形をみただけでは、そのものの本質はわかりません。例えば洗濯機の調子が悪くなった時、洗濯機の外側、つまり完成形を眺めているだけでは調子が悪い原因はいつまでたっても、わかるはずがありません。ところが、もしみなさんが洗濯機の内部の構造を理解していて、どのように作られていくのかを知っていたとしたならどうでしょう。調子が悪い「症状」を見れば、原因箇所の見当がつくでしょうし、簡単な修理なら家庭でできてしまうケースもあるでしょう。会計もこれと同じです。財務3表をバラバラにただ暗記し、財務諸表が作られた後の完成形だけを見ても、会計の仕組みはわかりません。逆に、財務3表の基本的なロジックを正しく理解し、財務諸表がどのように作られていくのかの基本さえわかれば、会計の仕組みは理解できます」(増補改訂・財務3表一体理解法 92~93P)

3 初学者が躓きやすいポイント

 なお、私が初学者のときに一番わかりにくかったのが「費用」だ。なぜ費用が「資産」と同じ左側(借方)に記載されていくのか?、ずっと違和感を持っていた。

 この点は、「左側の+」が「右側の-」と同じ意味を持つことがわかってから理解が進んだ。つまり「費用」は「収益」のマイナス勘定のようなものだと捉えるといい。

 「収益」は最終的には「資本」の一項目である利益剰余金につながるので「資本」と同じ右側(貸方)にある。これは違和感ないだろう。「費用」は「収益」をマイナスするものだから左側(借方)にある、と考えるとしっくりくる。

4 「財務3表一体理解法」の」使い方

 増補版は1章から5章まであるが、この本のエッセンスは1章と2章。この2つの章に書いてある内容が身についてから残りを読んだ方がよいと思う。

 とても読みやすい本だが、自分のものにするにはそれなりに時間がかかる。個人差あると思うが私は2年くらいかかった。何度か読み返したり、実務であてはめてみたりすることで理解が深まる。1章・2章をみにつけてから残りの章を読むとより理解が進むだろう。