私は法律事務所で3年働いたのち、企業の法務部に転職したのですが、キャリアチェンジのきっかけとなった本があります。
「選ばれるプロフェッショナル(原題:Clients for Life)」という本で、企業を顧客とする弁護士やコンサルにおススメできる名著です。
法律事務所での経験
弁護士登録後、私は地元の法律事務所に就職しました。弁護士は私をいれて4人。アットホームで家庭的な雰囲気の事務所でした。
仕事内容は一般的な街の弁護士の仕事で、要するに依頼者を代理して裁判や交渉を行う仕事でした。個人事件もたくさん受けていたので、3年間で150件以上の交渉を経験しました。
そのとき身に着けた交渉スキルや度胸、本質を見抜く洞察力は、企業で働くうえでも大いに役に立っています。
初めての顧問契約で挫折
収入も順調に増えたものの、次第に自分の将来に不安を感じるようになってきました。ある程度一通りの経験はしたものの、他の弁護士と比べて差別化できるものがありません。
弁護士になって2年目、友人の紹介で初めての顧問先ができました。企業のクライアントを伸ばしていきたかったので気合い入れて頑張るものの、やればやるほど自分の無力さを実感することになります。
頼まれて毎月の経営会議に出席するものの、内容についていけず、ろくなアドバイスが出来ません。特に大企業との取引のあり方を相談されるとお手上げです。社会人経験がないので企業の担当者が何を考えているか想像がつきません。社会経験が乏しく、自分の引き出しをあけても何も出てこないという感覚でした。
たまに発生する債権回収などのトラブルはうまく解決できるけれど、ビジネスサイドに踏み込んだ相談には対応できませんでした。
キャリアチェンジの決断
どうにも自分の将来の展望が見いだせない、そんなとき、ある本に出合いました。
この本は「どうすればクライアントから選ばれるプロフェッショナルになれるのか」を分析をした本です。
プロフェッショナルのなかには、クライアントと長期的な関係を築き、信頼されるアドバイザーとして重宝される人がいる。その一方で、汎用品のように扱われ単発的な仕事しか与えられない人もいる。その違いはどこにあるのか?分析した本です。
この本には実在する「選ばれるプロフェショナル」のエピソードが登場します。
そのなかの一人にエリック・シルバーマンというニューヨークで働く弁護士が描かれていました。ミルバンクという一流法律事務所で、エネルギー分野を専門に扱う弁護士です。同じ弁護士ということもあり、このエリック・シルバーマンに関する記述が特に印象に残りました。
『シルバーマンや彼の事務所は、契約的な部分を担当するために依頼されるのであるが、彼の知識基盤はそれだけにとどまらなかった。この分野の企業そのもの、戦略、組織、エネルギー市場についてのエクスパートとなった。(選ばれるプロフェッショナル 43P)』
『彼らは次第に幅広いビジネスに関する助言を求めて、シルバーマンを活用するようになった。他の弁護士はクリアしなければいけない法律上の200項目といった障害ばかりを話したがる。シルバーマンが話すのは、可能性やほかの選択肢といったことで、制約についてではなかった。(選ばれるプロフェッショナル 43P)』
『クライアントを持つプロフェッショナルには、自身の専門領域より優先される「重要な仕事」があるのだ。「真にクライアントのためにすることをする」、これが何よりも優先される。クライアントの状況、文化、政治、業界をとりまく状況などを踏まえ、本当にクライアントになることを考え、アドバイスし、実行に移す。その文脈のなかで自身の専門性も発揮する (選ばれるプロフェッショナル 2P)』
この本を読み、今までの経験と照らしあわせた結果、企業のクライアント向けに仕事をしていきたいのであれば法律専門性を身につけるだけでは不十分であることを改めて実感しました。そして、企業のビジネス、置かれている外部環境、企業組織そのものについての深い洞察を持たなければ、企業から「選ばれるプロフェッショナル」になることはできないという考えに至りました。
今のまま、交渉や訴訟代理の経験を積み、法律知識を増やしても、それだけでは汎用品として単発の仕事を与えられるだけです。
であるならば、遠回りだけど企業の中に飛び込んで、ビジネスや企業活動への深い理解を身につけ「選ばれるプロフェッショナル」に近づきたいと思いました。
半年くらい悩んだ後、今の商社から内定をもらえたのでキャリアチェンジを決めました。
今振り返ると少々短絡的な思考で、そこまで悲観する必要はなかったと思います。ただ、転職先の商社で色々と刺激的な経験をさせてもらっているので後悔はありません。
後日談
商社に転職して数年後、この本を読んで憧れたエリック・シルバーマンと一緒に仕事する機会に恵まれました。実際に経験したエリック・シルバーマンの仕事振りはまさに本で読んだとおりでしたし、まさに「選ばれるプロフェッショナル」そのものでした。
人生に影響を及ぼしうる名著というのは限られますが、この本はまさに私の仕事人生に大きな影響を与えました。企業をクライアントとするコンサルタント(弁護士や会計士も含む)にはおすすめの一冊です。