私は法律事務所で3年働いたのち、企業の法務部に転職したのですが、このキャリアチェンジのきっかけとなった本があります。
「選ばれるプロフェッショナル(原題:Clients for Life)」という題名の本で、弁護士やコンサルなどのアドバイザーが、どうすれば企業に選ばれるプロフェショナルへと成長できるのかを研究した本です。
法律事務所での経験
弁護士登録後、私は地元の法律事務所に就職しました。
依頼者を代理して裁判や交渉を行う、一般的なマチ弁の仕事です。個人事件も自由だったので、3年間で150件以上の案件を担当しました。
そのとき身に着けた交渉スキルや度胸、本質を見抜く洞察力は、企業で働くうえでも大いに役に立っています。
初めての顧問契約で挫折
収入も順調に増えたものの、自分の将来には不安を感じていました。一通りの経験はしたものの、他の弁護士と比べて差別化できるものがありません。
弁護士になって2年目、友人の紹介で初めての顧問先ができました。ここで、自分の無力さを実感します。
毎月の経営会議に出席するものの、社会人経験がないこともあり引き出しが乏しく、有意義なアドバイスは出来ませんでした。
「選ばれるプロフェッショナル」の条件
どうにも将来の展望が見いだせない、そんなときに出会ったのがこの本。
「どうすればクライアントから選ばれるプロフェッショナルになれるのか」というのがこの本のテーマです。
プロフェッショナルのなかには、クライアントと長期的な関係を築き、信頼されるアドバイザーとして重宝される人がいる。その一方で、汎用品のように扱われ単発的な仕事しか与えられない人もいる。その違いはどこにあるのでしょうか?
この本では、成功事例と失敗事例を比較しながら、「選ばれるプロフェッショナル」の条件、特徴を見出そうとします。
実在する「選ばれるプロフェショナル」が登場するのですが、そのなかの一人としてエリック・シルバーマンというニューヨークで働く弁護士が描かれています。ミルバンクという一流法律事務所で、エネルギー分野を専門に扱う弁護士です。同じ弁護士ということもあり、このエリック・シルバーマンに関する記述が特に印象に残りました。少し長いですが、以下引用します。
『シルバーマンや彼の事務所は、契約的な部分を担当するために依頼されるのであるが、彼の知識基盤はそれだけにとどまらなかった。この分野の企業そのもの、戦略、組織、エネルギー市場についてのエクスパートとなった。(選ばれるプロフェッショナル 43P)』
『彼らは次第に幅広いビジネスに関する助言を求めて、シルバーマンを活用するようになった。他の弁護士はクリアしなければいけない法律上の200項目といった障害ばかりを話したがる。シルバーマンが話すのは、可能性やほかの選択肢といったことで、制約についてではなかった。(選ばれるプロフェッショナル 43P)』
『クライアントを持つプロフェッショナルには、自身の専門領域より優先される「重要な仕事」があるのだ。「真にクライアントのためにすることをする」、これが何よりも優先される。クライアントの状況、文化、政治、業界をとりまく状況などを踏まえ、本当にクライアントになることを考え、アドバイスし、実行に移す。その文脈のなかで自身の専門性も発揮する (選ばれるプロフェッショナル 2P)』
この本で描かれているエリック・シルバーマンの仕事振りは、私が認識している弁護士の仕事とは質的に違うものでした。
企業のクライアント向けに仕事をしたいのであれば法律専門性を身につけるだけでは不十分。企業のビジネス、置かれている外部環境、企業組織そのものについての深い洞察を持たなければ、企業から「選ばれるプロフェッショナル」にはなれないことを自覚しました。
根本的にキャリアを変える必要性があると考えた私は、たとえ遠回りでも企業の中に飛び込み、ビジネスや企業活動への深い理解を身につけ「選ばれるプロフェッショナル」に近づきたいと考え、商社に転職しました。
その後、ビジネスと法務を融合させて仕事が出来るインハウスが楽しくなってしまい、今に至ります。
夢の時間
商社に転職してからしばらくしてからのこと、この本を読んで憧れたエリック・シルバーマンと一緒に仕事する機会に恵まれました。
北米で大型のエネルギー案件を担当することになり、当社側カウンセルがエリック・シルバーマンだったのです。ニューヨークやカナダに出張し、彼と過ごした時間は夢のようでした。
実際に経験したエリック・シルバーマンの仕事振りはまさに本で書かれている通りの「選ばれるプロフェッショナル」でした。
人生に影響を及ぼす本は限られますが、この本はまさに私の仕事人生に大きな影響を与えました。今でも日本語版・英語の原書版ともに手元におき、時折読み返しています。